花は毒にも薬にも…
こんばんは。
花崎です。
先日UP致しました「瑠璃唐草」の後編になります。
5い中心ですが、現パロというかマフィアパロというか…
以下の注意事項に目を通していただいて、
問題のない方だけ先へお進みくださいませ。
◆注意事項◆
・5い中心マフィア?パロ
*現パロに近いものになり、ます
・お約束のシリアス満開orz
・流血の表現有り
本文は「Read more」へ
花崎です。
先日UP致しました「瑠璃唐草」の後編になります。
5い中心ですが、現パロというかマフィアパロというか…
以下の注意事項に目を通していただいて、
問題のない方だけ先へお進みくださいませ。
◆注意事項◆
・5い中心マフィア?パロ
*現パロに近いものになり、ます
・お約束のシリアス満開orz
・流血の表現有り
本文は「Read more」へ
【瑠璃唐草 ⅱ】
サイレンサーを忘れたのだと気付いたときにはもう遅く、どうしようかと一人暗い空を見上げた。
至近距離ならばやりようがある。
今更女でもなし、傷の一つや二つ増えたところで何も気にしない。
ただその傷によって、日々の<日常>がやりにくくなるだけだ。
それだって、大抵の人はその痕が<銃痕>だとは気付かない。
世の中と言うのは意外と危機感に乏しい。
自分であればそんなもの腕につけている人間が居たら全力で離れる、が、それは所詮その怖さを知っているからなのだろうかと、ぐるぐると思考が回る。
(インカム外したしなぁ)
邪魔だと笑った相方にそりゃそうだと同意して外してきた。
あれと組むと大抵待ち合わせ場所で再会するまで、互いに生存の確認ができない。大した問題ではないが、どうにか手を借りたいと思うときに意外と不便である。
(改善の予知あり)
そう思いながら、やりやすいことには変わりなく改善される気は全くしない。
「鬼さんこちら手のなるほうへ。」
壁際にゆるゆると追い詰めて笑う。
追い詰めたのか、詰められたのかは実のところまだ分からない。
モーニングの襟がほんのすこしの光を受けてキラキラと光る。上等な布であることは一目で分かった。
「余裕ですね。」
男性にしては幾分か高い声が鼓膜を震わせる。
ほらほら、おいでと小さく手を叩く。
「だって(生きて)帰るのは俺だもの。」
今日夕飯作らなきゃなんだよね、と笑えば相手の顔が酷く歪んだ。
あんたの命より食卓が大事なんだと言われれば誰だって嫌だろう。
(俺は笑うかな。ユーモアあるねって)
仄暗い仕事を仄暗い雰囲気でやり続ければ消耗するのは己の精神だけだ。そんな不毛なことしてたまるか、というのが持論。
さっさと終わらせたいけれどそうはいかなそうである。
一筋縄ではいかない雰囲気がひしひしとする。
「ふらふらとこんなところにいて危ないと思わないのですか?」
「誰が?」
「…。」
危ない?命を賭してこんな阿呆なことをしているのだ、今更そこに危機感はない。あるのは俗に言う薄っぺらい言葉で言えば、覚悟、だけだ。
(生きるか死ぬかのこんな世界で)
そんなもの当たり前に持っている。
「仕方ないよね。手を出したらいけない処に手をだしたのは君たち。」
にんまりと己の口が弧を描くのが分かる。えげつない、らしい。
ぎりっと奥歯を噛んだようなそんな音が聞こえた、気がした。
「恥ずかしいと思わないのか。」
「なにが?」
「機械のように頼まれて人を殺すだけしか能がないことが。」
「充分でしょう?」
能があるとかないとか、恥ずかしいとか恥ずかしくないとか、残念ながら興味はない。
そんなところに己のプライドだとかそういうものの重きを置いていない。
この世界(普通の世界に生きている人はヤクザだのマフィアだのその人のイメージによって呼び名の代わる世界)に生きている以上、与えられた仕事をきちんとこなして何ぼである。恨みを買うのも、呪詛を吐かれるのも一つの仕事と思えばなんてことはない。
組を纏めている三郎や雷蔵と違い、誰かの命を預かっているわけではないのだから。
慎ましやかに日常をおくれるだけで幸せだ。
「命乞いは、いいの?」
己の言葉になんやかんやと言い募る男の言葉など長々と聞いていたくない。
「…っあ!!」
右掌を貫く熱さと、吹き出た生暖かさに眉を顰める。
犠牲にした分の元は取れたようで、音は響かなかった。
ガチャリ
「殺したっていいじゃないか、君が嫌うアタシなんて♪」
少し低い歌声が酷く近くに聞こえた。
怪我をさせたいのか再起不能にしたいのかはたまた殺したいのか。
どこにあてはまるのか分からない場所に当てられた銃口の形は見なくとも分かる。
「鉢屋?」
振り返った先にいた黒髪の美女に眉をひそめる。
(相変わらず…)
右に出るものが居ない変装の実力。
その実力は認めるが、やり過ぎは滑稽で不愉快であることを鉢屋は気づくべきである。
例え誰が見ても美女に化けられたとしても、だ。
同時に、聞こえていなかった華やかなパーティの音楽が耳に響く。
邸宅の調度真ん中では華やかで艶やかな、それでいて酷く排他的な世界が広がっているだろう。残念ながら、縁のない世界だ。
「こんばんは。今日はここになんの御用がありまして?」
ころころと鈴のころがる声というのはこういうのを指すのだろうと考える。
姿かたちをみても騙されるだろうが、この声だけで知らぬ人は罠に嵌るだろう。
変装の技術よりも、彼の持つ様々な声のほうが己には不思議で仕方がない。
(千の顔を持つ?違うだろう、こいつの一番の武器は自由に色を変える声だろうに)
姿かたちよりも人の心を動かすのはある意味で声だ。
「なければ来たらだめ?」
茶化すように笑えば、当たり前だろうと、ぞっとするほど低い声が返ってくるかと思っていたが、思いのほか楽しそうな声で、そんなことはないからもっと遊びに来いよ、勘右衛門、という音が届く。
「ずいぶんと派手にやったものだね。」
やり方ではなく場所の話しであることは分かる。
暗がりであっても人がいつくるか分からない場所である。
「サイレンサーつけていたから音は響かなかったけど。」
けれども気づかない振りをするべき時もある。
「まぁな、で、どこから去るの?烏さん」
「案外と鳥目じゃないから、どこからか抜け出すさ。」
馴染みとは言え、ここは鉢屋に分がある。
なにせ、忍び込んだ先は鉢屋が管轄する邸宅であり、己が所属する場所とはある種の敵対関係にある。
一言なり、なにか合図を彼が送れば己の命運はつきると言うものだ。
撃つ気など更々ないのだろう、小型のピストルがくるくると鉢屋の手の内ではねる。
『おめでとうございます!』
一際、華やかな音楽と歓声にも似た祝いの言葉が風にのる。
(あぁ、もう一年)
そうか、今日は晴れの日かと自然に口元に笑みが浮かぶ。
色の違う己のいる場所はこんなに華やかに場をつくらない。
どちらかと言えば、詫び寂の世界観に近い。
「戻らなくていいの?」
思い出してみれば、鉢屋は今日の主賓の片割れであるはずだ。貰った情報に間違いがなければ、だが。
彼が好き勝手やりたいがために、譲られた場所に座るもうひとりの友人の顔が浮かぶ。
きっと彼は何事もない、今パートナーが席を外していないことすら、なかったことにして、笑顔という面(つら)を貼付けて貴賓と談笑しているだろう。
役割分担というやつである。
「雷蔵に会っていかない?」
綺麗にネイルの施された爪が明るい世界を示すようにキラキラと光る。
「またの機会にするよ。今日は二人で仕事をしているからさ。」
細い月を見上げれば待ち合わせの時間までもう幾分もない。
仕事の意味を読み取ったのか鉢屋が静かに一歩下がる。
「今度うちの仕事も受けてくれ」
場違いに告げられた言葉に薄く笑う。
彼の足元には彼らの組で優秀であると評判高い男だったものが転がっている。
一瞥もくれないあたり、案外と厄介な人間だったのかもしれない。
自分にはかけらも関係のないことだ。
「立花さんか潮江さんに話しをしてくれる?」
お前なら出来るだろうと、今度はにんまりと笑ってみせる。
不愉快そうに歪む顔にもれそうな笑い声を咄嗟に抑える。
鉢屋にとって己が頭と仰ぐ人達は殊の外苦手な部類の人間らしい。
「これの依頼元は?」
「さぁね。教えたら信用問題に関わるでしょう?」
「俺達の間でもか?」
「当たり前。もれたら俺の命もないしね。」
話しながら止血した右手をひらひらと振ればぐちょりと濡れた感覚が掌から伝わる。
痛みなど大したことはない。
「ま、本当に俺に仕事の依頼をするのなら、立花さんを通してくれる?」
好き嫌いや、友人云々の前にこの世界のルールである。
立ち話は終わりだと暗いほうへ歩き出そうとすれば、聞きなれた声がその足を止める。
やはり作った声よりもこちらの声のほうが安心できる。
「勘。」
「なに?」
「お前の仕事見るたび思うけど、お前とだけはやりたくない。」
綺麗なヒールのつま先が行儀悪く転がるものをゆっくりとける。当たり前だが反応はない。
「俺も。鉢屋面倒くさそうなんだもん。」
今度こそこの場をさらなければ、思うより長くその場に居すぎたと体が警鐘を鳴らしだす。
踵を返した自分を追う音はせず、小さく息を吐く。
今日のところはどうやら見逃してくれたらしい。
部下一人の命と引き換えに。
止血用に撒いたスカーフがどす黒く変色しているのが特に明るくもない街灯に映し出される。
「嗚呼、難儀な世界だねぇ。」
芝居がかったように呟けば、少し離れた街灯の下、見慣れた笑顔と共に名を呼ばれた。
昼過ぎにいきなり降り出した雨はじっとりとした空気を一掃し、夕方へ向かう陽射しに涼しさを加えた。
年月が経ち苔むした階段は水を含みふっくらと緑の深さを増している。
人が通る部分だけ石を覗かせるその姿に人の行き来の頻繁さを感じ取る。
片手に持った桶と花ガ一段登るごとに重みを増す。
(あ、そういえばまだ読んでいない)
彼の好きな瑠璃唐草が印刷された季節はずれの封筒がポストに届いたのは盆の入り。
あけたポストから逃げ出すようにひらりと足元に舞い降りた。
薄墨で書かれた名前を見た瞬間に背筋に冷たいもの通り抜けて言ったのを今でも覚えている。ひたひたと近寄る非日常に眩暈がした。
高いたかい入道雲を見つめ、着物に身を包んだ上役の護衛をして、眠気を抑えながらそうして帰り着いたそんな疲れた日だったから余計かもしれないが、今になっては確かめる術もない。
本来なら自分は外されたはずの仕事で、そうではあるのだけれど、一人で家にいる気になど到底ならず無理を言って付き合った。ただでさえ強面の上役が酷く不機嫌そうな、それでいて何かを言いたげ名を呼ぶことが何度かあったのが印象的な日だった。
(まぁ、己が原因の半分を担っていればそうもなるか)
誰が悪いわけでもなかったあの出来事は桜の時期だった。
『勘ちゃん。』
『なに?』
『仕事終えたら夜桜を見に行こう。』
『夜桜?』
『この前まだ五分咲きだったから今はきっと綺麗だよ。』
手元で物騒なものをかちゃり、かちゃりと調整しながら尋ねる声は、明るい。
この近くにある川沿いのことを指しているのが手に取るように分かった。
こちらに越してきてから毎年見ている薄紅の木々。
『じゃ、終ったら電話して。起きているから。』
『了解。』
そういって立ちあがった兵助がめずらしくごろごろと転がる己の真横に腰を下ろす。
珍しさと相まって、久方ぶりに幼馴染の顔をまじまじと見上げる。
この際じっと見られていることは脇に置く。
人が思うよりもころころと表情が変わる顔はただじっとその黒い目で何かを探るように見下ろしてくる。何?と訳を問うこともせず、じっと見返せば、柔らかくその表情が変わった。
『いってきます。』
『はい、いってらっしゃい。』
それが最期。
『勘右衛門君、兵助がね、何か事件に巻き込まれたみたいなの。』
夜が更けてもなお連絡の来ない兵助を心配していれば、夜明けの太陽が昇りきる前にそう静かな声で電話がかかってきた。
お互いに仕事内容も、どういう状況下も全て知っているが、表向き(家族や知人と呼ばれる立場の人からしたら)兵助も自分もある会社の平凡な一社員だ。
殺人事件だ、なんだと騒がれた報道も、組織の頭が手を打った途端下火になった。犯人は未だに挙がっていない。目星など大した能のない警察ごときにつけられるはずもない。
ぼんやりと当時のことを思い出しながら、今更なんの手入れもせずとも綺麗に飾りつけられた墓を見る。
元々あった花入れには彼の親族が備えたのだろう、控えめではあるけれども凛とした存在感を放つ花が供えられている。後から来てその世界観を壊すわけにも行かず、無作法だとは思ったが持参した桶に花を生ける。必要であれば誰かがきちんとした形に直してくれるはずだ。
木目調の桶から零れるように広がる花から、鼻腔を擽るうっすらと甘い香が広がる。
じっと手を合わせ、目を閉じればそばに慣れた気配がしてふっと顔を上げる。
「今更手紙が届くなんておかしいよねぇ?あの頃はまだ迎え火も焚いてないから、兵助じゃぁないよね。」
二人の田舎であるここは盛大に迎え火を焚き、また盛大に送る。
だからそれまで、彼岸に渡った魂が戻ることは、ないはずだ。
(生きている人間のエゴだとしても、ね)
新盆だから、幼馴染だからとその祭りに呼ばれたのはつい先日だ。
「まだ読んでいないのだけれどね。」
結果的には鋏一つ入れられず、そのままになっている手紙を思い浮かべる。
どこに行くにも持ち歩く手帳に挟まるそれ。
ありえない消印は、彼が誰かに頼んでいたのだとしか思えず、あたりをつけては目を閉じる。きっとその人に尋ねたところでこちらが欲しい答え一つ戻ることはない。
「誰に頼んだの?検討はついているんだけど、意外な人に頼んだね。」
間違いのない確信の理由は消印に書かれた地名。
わざわざ己を殺す命を出した人に頼まなくたっていいではないか。
(まぁ、兵助がそれを知っていたかどうかは知らないけれど)
悔しさと、通夜の日に見た哀しさをあえて纏った顔を思い出して、自然と奥歯に力が入る。
「帰ったら読むね。」
いい加減読まなければ読まなければと手にとっては元に戻す、そんな日課を思い出す。
涙が枯れるほどまだ泣いていない。
二人生まれて、最後に兵助が部屋を出るまで誰よりもそばにいたはずなのに。
そう思うからこそ、あの手紙を開いたら最後、何かのたがが外れそうで怖い。
「ねぇ、兵助。お前はどうして俺に手紙をだしたの?」
伝えたいことがあるのなら、いつでも言ってくれてよかったじゃないか。
こんな形で何かを突きつけられるのは慣れていないのだと、言い訳が浮かんでは消える。
小さく声に出した疑問にすら冷たい墓石は何も答えずに、染み入る蝉の声が鼓膜を震わせる。墓石に触れていた手にぐっと一度力を入れる。
感触もなにもかも違うのだけれども、最後に触れた体温のない頬を思い出す。
「また、来年の盆に来るね。」
ずっとそこにいるわけにもいかず勢いをつけ、立ち上がる。
待っていたかのように季節に合わぬ冷たい風が一陣、吹きぬけ、墓地から続く坂を下る背を押した。
尾浜 勘右衛門様
いつも、ありがとう
ずっと仲良くしてくれて、ありがとう
できれば、そうだな、勘ちゃんがずっと笑っていられるような人と出会えますように
そうして、勘ちゃんがずっと笑っていてくれますように
お誕生日おめでとう
今年の夏はいつもより暑い?
いの一番で伝えられなくて、ごめんなさい
久々知兵助
震える手から手紙を離し、声を上げて泣いた。
Fin
サイレンサーを忘れたのだと気付いたときにはもう遅く、どうしようかと一人暗い空を見上げた。
至近距離ならばやりようがある。
今更女でもなし、傷の一つや二つ増えたところで何も気にしない。
ただその傷によって、日々の<日常>がやりにくくなるだけだ。
それだって、大抵の人はその痕が<銃痕>だとは気付かない。
世の中と言うのは意外と危機感に乏しい。
自分であればそんなもの腕につけている人間が居たら全力で離れる、が、それは所詮その怖さを知っているからなのだろうかと、ぐるぐると思考が回る。
(インカム外したしなぁ)
邪魔だと笑った相方にそりゃそうだと同意して外してきた。
あれと組むと大抵待ち合わせ場所で再会するまで、互いに生存の確認ができない。大した問題ではないが、どうにか手を借りたいと思うときに意外と不便である。
(改善の予知あり)
そう思いながら、やりやすいことには変わりなく改善される気は全くしない。
「鬼さんこちら手のなるほうへ。」
壁際にゆるゆると追い詰めて笑う。
追い詰めたのか、詰められたのかは実のところまだ分からない。
モーニングの襟がほんのすこしの光を受けてキラキラと光る。上等な布であることは一目で分かった。
「余裕ですね。」
男性にしては幾分か高い声が鼓膜を震わせる。
ほらほら、おいでと小さく手を叩く。
「だって(生きて)帰るのは俺だもの。」
今日夕飯作らなきゃなんだよね、と笑えば相手の顔が酷く歪んだ。
あんたの命より食卓が大事なんだと言われれば誰だって嫌だろう。
(俺は笑うかな。ユーモアあるねって)
仄暗い仕事を仄暗い雰囲気でやり続ければ消耗するのは己の精神だけだ。そんな不毛なことしてたまるか、というのが持論。
さっさと終わらせたいけれどそうはいかなそうである。
一筋縄ではいかない雰囲気がひしひしとする。
「ふらふらとこんなところにいて危ないと思わないのですか?」
「誰が?」
「…。」
危ない?命を賭してこんな阿呆なことをしているのだ、今更そこに危機感はない。あるのは俗に言う薄っぺらい言葉で言えば、覚悟、だけだ。
(生きるか死ぬかのこんな世界で)
そんなもの当たり前に持っている。
「仕方ないよね。手を出したらいけない処に手をだしたのは君たち。」
にんまりと己の口が弧を描くのが分かる。えげつない、らしい。
ぎりっと奥歯を噛んだようなそんな音が聞こえた、気がした。
「恥ずかしいと思わないのか。」
「なにが?」
「機械のように頼まれて人を殺すだけしか能がないことが。」
「充分でしょう?」
能があるとかないとか、恥ずかしいとか恥ずかしくないとか、残念ながら興味はない。
そんなところに己のプライドだとかそういうものの重きを置いていない。
この世界(普通の世界に生きている人はヤクザだのマフィアだのその人のイメージによって呼び名の代わる世界)に生きている以上、与えられた仕事をきちんとこなして何ぼである。恨みを買うのも、呪詛を吐かれるのも一つの仕事と思えばなんてことはない。
組を纏めている三郎や雷蔵と違い、誰かの命を預かっているわけではないのだから。
慎ましやかに日常をおくれるだけで幸せだ。
「命乞いは、いいの?」
己の言葉になんやかんやと言い募る男の言葉など長々と聞いていたくない。
「…っあ!!」
右掌を貫く熱さと、吹き出た生暖かさに眉を顰める。
犠牲にした分の元は取れたようで、音は響かなかった。
ガチャリ
「殺したっていいじゃないか、君が嫌うアタシなんて♪」
少し低い歌声が酷く近くに聞こえた。
怪我をさせたいのか再起不能にしたいのかはたまた殺したいのか。
どこにあてはまるのか分からない場所に当てられた銃口の形は見なくとも分かる。
「鉢屋?」
振り返った先にいた黒髪の美女に眉をひそめる。
(相変わらず…)
右に出るものが居ない変装の実力。
その実力は認めるが、やり過ぎは滑稽で不愉快であることを鉢屋は気づくべきである。
例え誰が見ても美女に化けられたとしても、だ。
同時に、聞こえていなかった華やかなパーティの音楽が耳に響く。
邸宅の調度真ん中では華やかで艶やかな、それでいて酷く排他的な世界が広がっているだろう。残念ながら、縁のない世界だ。
「こんばんは。今日はここになんの御用がありまして?」
ころころと鈴のころがる声というのはこういうのを指すのだろうと考える。
姿かたちをみても騙されるだろうが、この声だけで知らぬ人は罠に嵌るだろう。
変装の技術よりも、彼の持つ様々な声のほうが己には不思議で仕方がない。
(千の顔を持つ?違うだろう、こいつの一番の武器は自由に色を変える声だろうに)
姿かたちよりも人の心を動かすのはある意味で声だ。
「なければ来たらだめ?」
茶化すように笑えば、当たり前だろうと、ぞっとするほど低い声が返ってくるかと思っていたが、思いのほか楽しそうな声で、そんなことはないからもっと遊びに来いよ、勘右衛門、という音が届く。
「ずいぶんと派手にやったものだね。」
やり方ではなく場所の話しであることは分かる。
暗がりであっても人がいつくるか分からない場所である。
「サイレンサーつけていたから音は響かなかったけど。」
けれども気づかない振りをするべき時もある。
「まぁな、で、どこから去るの?烏さん」
「案外と鳥目じゃないから、どこからか抜け出すさ。」
馴染みとは言え、ここは鉢屋に分がある。
なにせ、忍び込んだ先は鉢屋が管轄する邸宅であり、己が所属する場所とはある種の敵対関係にある。
一言なり、なにか合図を彼が送れば己の命運はつきると言うものだ。
撃つ気など更々ないのだろう、小型のピストルがくるくると鉢屋の手の内ではねる。
『おめでとうございます!』
一際、華やかな音楽と歓声にも似た祝いの言葉が風にのる。
(あぁ、もう一年)
そうか、今日は晴れの日かと自然に口元に笑みが浮かぶ。
色の違う己のいる場所はこんなに華やかに場をつくらない。
どちらかと言えば、詫び寂の世界観に近い。
「戻らなくていいの?」
思い出してみれば、鉢屋は今日の主賓の片割れであるはずだ。貰った情報に間違いがなければ、だが。
彼が好き勝手やりたいがために、譲られた場所に座るもうひとりの友人の顔が浮かぶ。
きっと彼は何事もない、今パートナーが席を外していないことすら、なかったことにして、笑顔という面(つら)を貼付けて貴賓と談笑しているだろう。
役割分担というやつである。
「雷蔵に会っていかない?」
綺麗にネイルの施された爪が明るい世界を示すようにキラキラと光る。
「またの機会にするよ。今日は二人で仕事をしているからさ。」
細い月を見上げれば待ち合わせの時間までもう幾分もない。
仕事の意味を読み取ったのか鉢屋が静かに一歩下がる。
「今度うちの仕事も受けてくれ」
場違いに告げられた言葉に薄く笑う。
彼の足元には彼らの組で優秀であると評判高い男だったものが転がっている。
一瞥もくれないあたり、案外と厄介な人間だったのかもしれない。
自分にはかけらも関係のないことだ。
「立花さんか潮江さんに話しをしてくれる?」
お前なら出来るだろうと、今度はにんまりと笑ってみせる。
不愉快そうに歪む顔にもれそうな笑い声を咄嗟に抑える。
鉢屋にとって己が頭と仰ぐ人達は殊の外苦手な部類の人間らしい。
「これの依頼元は?」
「さぁね。教えたら信用問題に関わるでしょう?」
「俺達の間でもか?」
「当たり前。もれたら俺の命もないしね。」
話しながら止血した右手をひらひらと振ればぐちょりと濡れた感覚が掌から伝わる。
痛みなど大したことはない。
「ま、本当に俺に仕事の依頼をするのなら、立花さんを通してくれる?」
好き嫌いや、友人云々の前にこの世界のルールである。
立ち話は終わりだと暗いほうへ歩き出そうとすれば、聞きなれた声がその足を止める。
やはり作った声よりもこちらの声のほうが安心できる。
「勘。」
「なに?」
「お前の仕事見るたび思うけど、お前とだけはやりたくない。」
綺麗なヒールのつま先が行儀悪く転がるものをゆっくりとける。当たり前だが反応はない。
「俺も。鉢屋面倒くさそうなんだもん。」
今度こそこの場をさらなければ、思うより長くその場に居すぎたと体が警鐘を鳴らしだす。
踵を返した自分を追う音はせず、小さく息を吐く。
今日のところはどうやら見逃してくれたらしい。
部下一人の命と引き換えに。
止血用に撒いたスカーフがどす黒く変色しているのが特に明るくもない街灯に映し出される。
「嗚呼、難儀な世界だねぇ。」
芝居がかったように呟けば、少し離れた街灯の下、見慣れた笑顔と共に名を呼ばれた。
昼過ぎにいきなり降り出した雨はじっとりとした空気を一掃し、夕方へ向かう陽射しに涼しさを加えた。
年月が経ち苔むした階段は水を含みふっくらと緑の深さを増している。
人が通る部分だけ石を覗かせるその姿に人の行き来の頻繁さを感じ取る。
片手に持った桶と花ガ一段登るごとに重みを増す。
(あ、そういえばまだ読んでいない)
彼の好きな瑠璃唐草が印刷された季節はずれの封筒がポストに届いたのは盆の入り。
あけたポストから逃げ出すようにひらりと足元に舞い降りた。
薄墨で書かれた名前を見た瞬間に背筋に冷たいもの通り抜けて言ったのを今でも覚えている。ひたひたと近寄る非日常に眩暈がした。
高いたかい入道雲を見つめ、着物に身を包んだ上役の護衛をして、眠気を抑えながらそうして帰り着いたそんな疲れた日だったから余計かもしれないが、今になっては確かめる術もない。
本来なら自分は外されたはずの仕事で、そうではあるのだけれど、一人で家にいる気になど到底ならず無理を言って付き合った。ただでさえ強面の上役が酷く不機嫌そうな、それでいて何かを言いたげ名を呼ぶことが何度かあったのが印象的な日だった。
(まぁ、己が原因の半分を担っていればそうもなるか)
誰が悪いわけでもなかったあの出来事は桜の時期だった。
『勘ちゃん。』
『なに?』
『仕事終えたら夜桜を見に行こう。』
『夜桜?』
『この前まだ五分咲きだったから今はきっと綺麗だよ。』
手元で物騒なものをかちゃり、かちゃりと調整しながら尋ねる声は、明るい。
この近くにある川沿いのことを指しているのが手に取るように分かった。
こちらに越してきてから毎年見ている薄紅の木々。
『じゃ、終ったら電話して。起きているから。』
『了解。』
そういって立ちあがった兵助がめずらしくごろごろと転がる己の真横に腰を下ろす。
珍しさと相まって、久方ぶりに幼馴染の顔をまじまじと見上げる。
この際じっと見られていることは脇に置く。
人が思うよりもころころと表情が変わる顔はただじっとその黒い目で何かを探るように見下ろしてくる。何?と訳を問うこともせず、じっと見返せば、柔らかくその表情が変わった。
『いってきます。』
『はい、いってらっしゃい。』
それが最期。
『勘右衛門君、兵助がね、何か事件に巻き込まれたみたいなの。』
夜が更けてもなお連絡の来ない兵助を心配していれば、夜明けの太陽が昇りきる前にそう静かな声で電話がかかってきた。
お互いに仕事内容も、どういう状況下も全て知っているが、表向き(家族や知人と呼ばれる立場の人からしたら)兵助も自分もある会社の平凡な一社員だ。
殺人事件だ、なんだと騒がれた報道も、組織の頭が手を打った途端下火になった。犯人は未だに挙がっていない。目星など大した能のない警察ごときにつけられるはずもない。
ぼんやりと当時のことを思い出しながら、今更なんの手入れもせずとも綺麗に飾りつけられた墓を見る。
元々あった花入れには彼の親族が備えたのだろう、控えめではあるけれども凛とした存在感を放つ花が供えられている。後から来てその世界観を壊すわけにも行かず、無作法だとは思ったが持参した桶に花を生ける。必要であれば誰かがきちんとした形に直してくれるはずだ。
木目調の桶から零れるように広がる花から、鼻腔を擽るうっすらと甘い香が広がる。
じっと手を合わせ、目を閉じればそばに慣れた気配がしてふっと顔を上げる。
「今更手紙が届くなんておかしいよねぇ?あの頃はまだ迎え火も焚いてないから、兵助じゃぁないよね。」
二人の田舎であるここは盛大に迎え火を焚き、また盛大に送る。
だからそれまで、彼岸に渡った魂が戻ることは、ないはずだ。
(生きている人間のエゴだとしても、ね)
新盆だから、幼馴染だからとその祭りに呼ばれたのはつい先日だ。
「まだ読んでいないのだけれどね。」
結果的には鋏一つ入れられず、そのままになっている手紙を思い浮かべる。
どこに行くにも持ち歩く手帳に挟まるそれ。
ありえない消印は、彼が誰かに頼んでいたのだとしか思えず、あたりをつけては目を閉じる。きっとその人に尋ねたところでこちらが欲しい答え一つ戻ることはない。
「誰に頼んだの?検討はついているんだけど、意外な人に頼んだね。」
間違いのない確信の理由は消印に書かれた地名。
わざわざ己を殺す命を出した人に頼まなくたっていいではないか。
(まぁ、兵助がそれを知っていたかどうかは知らないけれど)
悔しさと、通夜の日に見た哀しさをあえて纏った顔を思い出して、自然と奥歯に力が入る。
「帰ったら読むね。」
いい加減読まなければ読まなければと手にとっては元に戻す、そんな日課を思い出す。
涙が枯れるほどまだ泣いていない。
二人生まれて、最後に兵助が部屋を出るまで誰よりもそばにいたはずなのに。
そう思うからこそ、あの手紙を開いたら最後、何かのたがが外れそうで怖い。
「ねぇ、兵助。お前はどうして俺に手紙をだしたの?」
伝えたいことがあるのなら、いつでも言ってくれてよかったじゃないか。
こんな形で何かを突きつけられるのは慣れていないのだと、言い訳が浮かんでは消える。
小さく声に出した疑問にすら冷たい墓石は何も答えずに、染み入る蝉の声が鼓膜を震わせる。墓石に触れていた手にぐっと一度力を入れる。
感触もなにもかも違うのだけれども、最後に触れた体温のない頬を思い出す。
「また、来年の盆に来るね。」
ずっとそこにいるわけにもいかず勢いをつけ、立ち上がる。
待っていたかのように季節に合わぬ冷たい風が一陣、吹きぬけ、墓地から続く坂を下る背を押した。
尾浜 勘右衛門様
いつも、ありがとう
ずっと仲良くしてくれて、ありがとう
できれば、そうだな、勘ちゃんがずっと笑っていられるような人と出会えますように
そうして、勘ちゃんがずっと笑っていてくれますように
お誕生日おめでとう
今年の夏はいつもより暑い?
いの一番で伝えられなくて、ごめんなさい
久々知兵助
震える手から手紙を離し、声を上げて泣いた。
Fin
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