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花は毒にも薬にも…
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こんにちは。

都々逸シリーズ第二弾、雑伊でございます。



多少、留→伊の表現が入っておりますが

・・雑伊が駄目でなければ大丈夫かと思います。





宜しければ「Read more」よりお進み下さい。





音を抱きしめ静けさを落とした小雨が、夜の闇も流し始めた。

東の空がうっすら明るくなり始め、一つ小さくため息をついた。

(夜が明けた…)

結果的に殆んど寝ないまま待ち続けた人はその夜気配一つなかった。

「もどろっかな。」

いつまでもその場にいるわけにも行かず、その場に縫いついた体を動かす為、小さくつぶやいた。

思いのほか大きく響いたその言葉は、結ばなかった約束を再度自覚させるには十分すぎる効果をもっていた。

「待ちぼうけしちゃったなぁ。」

手を掛けて静かに引いた戸の音が響き、閉め切る前にもう一度広がる暗闇に目を凝らした。

いくら目を凝らしてもそこには板の間しか見えなかった。



 



【番傘】



 



風呂帰りの同室者が一瞬開けた戸から、重い湿気を含んだ空気が部屋に入ってきた。

( 思ったより寒いなぁ)

じめじめと暑かったかと思えば、春先の気候が戻ってきたように寒い日が続く。

風邪を引く生徒がまた増えるのではないか、なぞ思いながら手にした薬草の束に目を凝らす。

見間違えようのないそれにずっしりと心が重くなる。

「あぁぁぁ…黴させちゃった。」

薬草を目の高さまで持ち上げ、灯にかざし今一度まじまじと眺める。

濃緑の葉にうっすらかかる白が変わらず己の存在を主張する。

「どうした?」

ついたての向こう側、悲壮に満ちた言葉に反応してかひょっこりと顔を出した同室者は漏れ出ているそれよりもぐっと強い香に眉を顰めた。

「黴させちゃった。」

ほら、とよく見えるようにかざせば、一瞬目を凝らしてそうしてふんわりと掌が頭を撫ぜた。

「しかたねぇだろ、この気候じゃ。」

「高いんだよ、これ。自生しているもの探すのは難しいし。」

「全部使えねぇの?」

「見えないところにも広がっているから、この束はもう駄目だね。」

あぁあ、ともう一度つぶやけば、離れた手がもう一度よしよしと頭の上ではぜる。

「留さん。」

「ん?」

「私、同い年だけど。」

「は?」

「なんでもない。そうだよね、留さんって基本的にこう誰も彼も扱い一緒だよね。知ってる。ごめん、慣れてない私がいけなかった。」

ごめんね、と再度見上げれば、思い当たったのか、静かに己の手をみて、そうして困ったように笑った。

「そんなに嫌かよ。」

「ん~、そうじゃないんだけど。」

「ん?」

「恥ずかしいじゃない?」

「そうか?あー…。」

「なぁに?」

「作がなぁ、そういえばそんなこと言っていたな。すげぇ頑張っていたからさ。この前、風強い日あっただろ?」

「あぁ、あの屋根修理していた日。」

「そうそう。」

あぁああ、そうだよな、もう三年だもんな。俺としたことが…

薬草よりも己の態度に何かしら感じた留三郎が衝立の向こうへずるずる消えるのを見て、そうして、もう一度その薬草を見る。

(どうしようかなぁ。)

これ以上切り詰められない予算と実は一番この薬草を使う人が交互に浮かぶ。



  『一月、そうしたらまた薬つけましょう。』



 もうあの約束は反故にされているのだろうし、考える必要もないかと重いながらも、何かの折にふっと思い出してはため息を吐く。

ふと、思い出して下ろした髪を低い位置にまとめ直す。

ついたての向こう側から寝る前のひと時、普段話せぬことを話す為こちらを覗いていた留三郎から静かな声で「寝るんじゃなかったのか」と問われ、保健室の薬棚の確認をし忘れたんだと答えた。

捨てたばかりの薬草の入る屑箱を目で示せば、疑うことなくそうかと答える声は、夜更かしはするなよ、と続けた。

「留さんもね。」

「あ?」

「頭でも痛い?最近よく眠れていないでしょう?」

図星だったのか、湿気のせいだとかなんとかと続ける声に、丸薬を一つ転がす。

「湯でも水でもいいから飲んで。多分今夜は穏やかに眠れるよ。」

「お、おぉ、ありがとう。」

「危ないものは入ってないよ。新薬でもない。だから早くのみなね。」

疑い深いまなざしを丸薬に向け、ころころと転がす手を静かに止めて、笑った。

「伊作。」

「なに?」

「無理すんなよ。寝てないのはお互いさまだ。」

「…ありがとう。」

さも当たり前だとつむがれる言の葉がじんわりと広がる。

「じゃぁ、いってくるね。早く寝るんだよ。」

「おぉ。」

羽織っていけと渡された丹前は自分のものではなく、すこし大きかった。

 

「伊作。」



部屋の戸を閉める直前、届くか届かぬかというくらい薄い声が己を呼んだ。

振り返り答えるべきかと思いながらも結局彼が求めていることに答えられないことは十二分に分かっているので、聞こえない振りをして戸を閉めた。

大事にしてくれていたその手を離し、あてのないほうへ目を向けたのは間違いなく自分。

(流石にね、申し訳ないよ。)

だけれども全部解って( 分かってじゃない、解って)いながら気にせずに「頼れよ。」と伸ばされる腕を心のどか宛にしている自分がいることも最近知った。



 



音を立てずに歩きなれた廊下を奥へ奥へと進む。

広大な敷地を誇る学園には幾つもの空き部屋が存在し、その一つを彼の人との待ち合わせに使っている。

約束の日にちはとうに過ぎ、彼の人が来ることがないことは己が一番知っている。

それでも、諦めきれずに思い立つたび真夜中にゆっくりと足を進める。

(結局待ちぼうけに終るのだけど。)

そういえば、と進む足を止め、明るい夜空を見上げる。

会うのに使っているあの部屋には夜明まで過ごすために暇を潰すものも眠るための道具も一つない。そうであるのに己は夜着におざなりに着た丹前一枚しか持ち合わせていない。



 (一ヶ月経ちましたよ)

酷い戦が起こるのだと、学園(ここ)にも飛び火するかもよ、なぞ冷たい声で告げられたのが最後。

(確かにそのあと酷く哀しい結末を迎えた戦が、あった)

無事に帰れる保障なぞないと薄く笑い立ち上がる背に手を伸ばし、その背に顔を埋めた。

告げたい言葉は一言だってかたちにならなかった。

己のことながら思い出す度その必死な態度に呆れが浮かぶ。

帰る、戻る場所だなぞ思っているわけではない。

ないけれども、しがみついた手に重ねられた手にほんの少しの期待を抱いた。



 (お帰りなさい、と結局つげられないまま)



 一月がすぎ、もうすぐ二月になる。

音沙汰もない。

生きているのか、もう彼岸に渡ったのか、それすらわからない。




音を立てて歩いていたつもりはないが、小さく己の足音がする。

裸足の足がぺたりぺたりと廊下を進む。

部屋をでてほとんど時間が経っていないが、部屋に戻ろうか。

なんの約束も、ないのにあの部屋に行く必要があるのか。

常とは異なり今日は救急箱一つ持ち合わせてない。

 

(とりあえずここまで来たし。)

 

誰に聞かせるわけでもないのに、言い訳が浮かぶ。

もう一つ角を曲がればその部屋につく。

 

あの日、待ちぼうけをはじめてくらった。

今まで約束通りにきたことが不思議なくらいなのに、人はこうも状況になれるのかと我ながら随分と驚いた。

約束は、あの最後に会っ日から一月後。

 

 

だから

 

 「ただいま、伊作くん」

 

開けた戸と同時に後ろから抱きしめられた時、ただ驚いた。

忍びを目指すものとして背後を取られるなどもってのほかなのは重々承知の上だ。

 「お帰りなさい。雑渡さん。」

 回された腕にそっと触れる。

火傷を負って人より熱を逃しにくいその体は人より幾分か熱い。

間違いなく本人だと確信する。

「遅い、じゃないですか。」

「待っていてくれたの?」

「悪いですか?」

「嬉しい限り」

「それはよかったです。」

 なんでもないように受け答えをしながらも、じわりじわりと触れ合う熱が溶けるのを感じ、泣きそうな自分から必死に目を反らした。

 

 

 







都々逸シリーズ第二段

諦(あきらめ)ましたよ どう諦めた 諦めきれぬと 諦めた

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