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花は毒にも薬にも…
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こんにちは、花崎です。

「都々逸」シリーズなるものを始めようかと思っておりまして。

その第一弾になります。

タカ綾の卒業後のお話です。





◆注意事項◆



・年齢操作(+)

・もう会っていない二人

・タカ丸さんは忍ではなく家業を継いでいます

・ナチュラルにあの世に送られている人が数人



上記、問題のない方は「Read more」よりお進み下さい。





最後の客が見えなくなるまで暖簾の先で見送り、そうして小さくため息を吐いた。

町並みが茜に染まり、店の前を通り抜ける人の足が昼間より大分早いように思えた。

その人波から目を離せず、自然と探す後ろ姿。

見つかる訳がないし、例え近くにいたとしても相手は自分に分かるような姿でいないだろうし、

その仕種ひとつみせないだろう。

分かりすぎるくらいわかっているのに、まるで刷り込まれたように同じことを繰り返す。

そんな自分に気がついては呆れた笑みが零れる。

見慣れていたはずの後ろ姿や背格好はすでに幾度も春を超え、

きっと己が知る姿の面影を少し残しながら変わってしまっているだろうことも容易く想像できる。



 「会いたい、な。」



 今更そんなこと望める立場でもなんでもないのに、自然と零れた願い。

事の顛末をすべて知っている人に一度思いすべて零してみようか、と不意に思いついた。

定期的にこの場所を訪れてくれる彼なら、もしかしたら話を聞いてくれるかもしれない。

けれども酷く冷たい現実を淡々とした口調で告げられる怖さが付きまとう。



 

【 Last Letter 】

 



町のはずれ、墓地へと続く細道には彩るように朱い花が咲き乱れている。

通う学園でその花が毒にも薬にもなることを聞き、酷く驚いたことが思い出される。

死人花だの地獄花だの呼ばれ周囲の人には大分嫌われているようだけれども、

どうしてか自分はずっとその花に好意を持っている。

(綺麗なのに。)

こんなたとえをしたら嫌な顔をするだろうけれども、

その花を見るにつけ同い年で先輩であった立花の後姿を思い出す。

とても似ている気がするのだけど、一度だけ仲間にそう問えば「失礼ですよ。」と困ったように笑われた。

(もう、来ないかな)

毎年彼岸の入りのころ、綺麗な髪の持ち主は静かに店の暖簾をくぐっては会わなくなった彼の噂や色々な話を置いていってくれる。

だけれども今年は彼岸に入ってからもその人は訪れていない。

(便りがないのは元気な証拠…か)

酷く辛いと形容される職業についている同輩や後輩、もちろん己の先輩達も時折立ち寄っては、人の幸せな話を、また訃報をおいていく。

まるで「髪結い処」に備え付けられている一筆本( 用はお客様の感想を聞くためのメモだ)に取りとめのない日常を書いていくかのように。

置いていかれた物語を聞く度に、二度目、また今度、次の春に、という約束がどれだけ曖昧で、

そのときの状況や環境に左右されるものかと言うことを思い知らされる。

そうであるからこそ訃報が己の下に届けられるということの奇跡ですら最近はなにかの導きがあるのではないかと勘繰ってしまう。

(とはいえ、訃報を聞くのも近いかな)

彼の同輩はなんだかんだと理由をつけては店に寄ってくれる。

己の勘があたらず、ただ仕事が立て込んでいるだけであることを望んでしまう。

同い年ではあるけれども上下のはっきりしていたあの学園にあって、立花は自分にとって手の届かない先輩であった。

もちろん、卒業した今もその関係は変わっていないけれど、立花の中での自分がかつての後輩ではなく

同い年の髪結いに代わったのだとぼんやりと理解した。

一言も告げられていないので憶測の域をでないのだけれども、彼の言葉の端々やしぐさが物語っていた。

(そういうところは自分で言うのもなんだが人よりは聡い)



 「さぁて、蒼い空が茜に染まる前にかえってきましょうかね。」



 誰もいない道の真ん中に立ち止まり、ぐっと背を伸ばす。

伸ばした腕の先には高く澄んだ蒼穹がかつての日常と何も変わらずに存在している。

( あぁ、届きそう)

もう一度勢いをつけてぐっと伸び、ゆっくりと目を瞑る。

高く結った髪が揺れ、視界の端、足元に置いた桶に入る腕一杯に買い込んだ花の花びらが数枚ひらひらと舞い落ちた。



 



「お好きなんですか?」

悪趣味だといわれながら、咲く朱色の花を片腕一杯に摘み(手が荒れると先ほど怒られたことはこの際忘れた)、その花を花器に活けていればカタリという音とともにそう静かな声に問われた。

「好きだよ、綺麗じゃない?」

開きっぱなしだった戸に寄りかかりながら、表情の乏しい綺麗な人はことりと首をかしげた。

同じ問いにこう答えると大抵の人は嫌そうに眉を寄せるが、

彼のそれはただ単純に「どうして?」と再度問うているようだった。

「入ってくれば?」

彼が言葉ではなく表情や仕草で問うてくることは多々あり、

大抵の場合はその問いを汲み取り答えてしまうのだけれど、今日はそういう気分にならず、敢えてその問いを無視した。

「入っていいんですか?」

「どうして?いつも聞かないじゃない。」

「滝ちゃんに怒られたから。」

「綾ちゃん、泥ちゃんと落とした?」

「適当に。」

「それじゃぁ、滝くん怒るねぇ。」

その様が簡単に想像できタカ丸はくすくすと笑いながら手招きをした。

ゆらゆらとゆれるその手に引き寄せられるように、喜八郎は部屋に足を踏み入れた。

「タカ丸さんは怒りませんね。」

「だって、綾ちゃん、ここに来るときは泥、きちんと落としてくるでしょう?」

花を生ける自分の背に寄りかかる綾部は、驚いたように一瞬身体を硬くした。

(きっと気付いてなどいないと思ったんだろうな)

「どうして気がついたんですか?」

「さぁ?どうしてだろう。」

ここに入って早2年。同輩は次の春にこの学園を去る。

たった2年だけれど、町にいるよりぐっと人を視るようになった。

(綾ちゃんは特別だけどね)

くすくすと笑えば少し不機嫌そうなそんな雰囲気がふわりと広まった。

「内緒話は嫌いです。」

「そう?綾ちゃんの方がたくさん内緒話しもっているでしょ?」

なんのことなど伝えずに告げれば、背中にあった温もりがすっと離れた。

そのまま外に出て行くでもなく、不意に迷うように背に触れた手がもう一度離れる。

その所作に何か問う気にならず、タカ丸は最後の一本をすっと剣山に通した。

「綾ちゃんは、立花くんや兵助くんに似ているから。」

「鉢屋先輩ではなく?」

「誰かにいわれるの?」

「前に、誰かに言われました。」

誰だったかな、と続きつぶやきながらもその「誰か」を思い出すつもりは更々なさそうなそんな声が続く。

「そう、でも綾ちゃんは鉢屋君とは似ていないよ。少なくとも俺はそう思うけど。」

(立花くんも兵助くんも最後は去っていく方を選ぶもの)

「そう、ですか。」

「うん。」

(鉢屋くんは最後まで傍にいることを選ぶほう)

「だから、ね、1つだけ約束をしよう?」

思うより華やかに活けられたそれを満足そうに眺め、そうして、タカ丸はゆっくりと振り返った。

低い位置に纏めた髪がさらりと肩を流れる。



「綾ちゃん。」



所在無くひざに置かれた手をゆっくりと握る。抱きしめてもいいのだけれど、抱きしめたら最後のお願いを聞いてもらえなくなる、否、伝えられなくなってしまう。

(綾ちゃんの思っていることなんてお見通しだよ。)

そう言ったら笑うだろうか、怒るだろうか、戸惑うだろうか

「タカ丸さん?」前から決めていたことであるのにいざ伝えようとすると、言葉を形作れない。

「綾ちゃん。」

「はい。」

「手紙をちょうだいね。」

「え?」

「一言でいい。一言でいいから、さよならの手紙を頂戴ね。」



全て聞き取った喜八郎がすっと息を呑む音が聞こえたような気がした。

 



両の手で包むように握ったその手ばかりを見ていて、

そのときどの様な顔をこちらに向けていたのか、そういえば思い出せない。





静かに瞑っていた目を開くと茜に染まり始めた空とその陽の光がゆっくりと死者を弔う石を照らしていた。

「滝くん。兵助くん。鉢屋くん。食満くん。中在家くん。三郎次。最近ね、また髪結い処に来てくれる人が減ったんだ。元気でいればいいのだけれど。」

(ねぇ、滝くん。綾ちゃんそっちにいる?)

思いのほか、様々な思いに囚われ離れられなかった弔いの場所。

急がなければ闇が満たしてしまい、町への道が覚束なくなってしまう。

(あの手紙を最期にね、もう連絡1つないんだ。)

「あの約束覚えてくれていたみたい。」

(他の約束は何一つ守ってはくれなかったけどね)

ゆっくりと茜が濃くなり、藍染が広がる。

当たり前に答えぬ石をゆっくりと撫ぜ、立ち上がる。





 「また、彼岸に来るね。」



 Fin















都々逸シリーズ第一弾。

「便りあるかと聞かれる度に 別れましたと言うつらさ」

最後までお読みいただきまして有り難うございました。

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